メンタルクリニックで久々の診察
あーだめだー!

考えたことどんどん頭から消えていく。
消えていくから何度も何度も考えてぐーるぐるで止まらなくなってる(泣)

書かなきゃだめだー!






この前、先生が変わって顔を出してから1週間後にまた、メンタルクリニックへ診察へ行きました。



長文も長文、たぶん自分で読み返すことすら困難。
書いたことで落ち着けるようにしたのが多いので、観覧せずでおーけーですm(_ _)m





☆☆☆☆☆☆

ここに個人的メモとしても少し書いたことなのですが、文字が読めない事や話が聞こえなくなる事などを初めて相談しに行こうと思えて、医師に伝えに行きました。

紙に書いて渡しました。



先生の答えは、「まず、失読症などは途中から読めなくなったり悪化したりするものではないのでそれでは無いというのと、もしかしたら後天性の何かがあるのかもしれない。
でも、学習障害などの診断は、専門家はいわゆる重度の人にしかくださない。軽度中度のグレーゾーンの人間は世の中にたくさんいて、またそこの線引きはとても曖昧で難しい。
よめちゃん+さんは文章もかけるし、時間をかければ文字も内容も理解できる、または家に持ち帰れば旦那さんに教えて貰いながら理解することができる。
なので全然問題ない。記憶を補うような記録の努力もする必要はないんじゃない?
もうちょっと楽観的なくらいでいいのよ、私なんかわかんないことはすぐ聞くわよ」


とかこんな感じの回答でした。


精神科の先生の対応が、前回までの先生と同じで。
なんとなく、どういうことをしてくれる人なのかがわかりました。

「悩んでることはたいしたことではない」と、思い詰めて病むのを止めようとする。


それはすごくいいことなのだろうけど、今回の言い方はなんだか、他人事のように感じられてしまったので…この手の言葉がけは相手によって成功も失敗もあるのだろうな。




失読などは確かに悪化したり、調子がよければスムーズに読めることもあるので違うだろうとは思いつつ、

そういった症状が子供の頃からあり苦労していた事実は変わらない。
どんなに勉強に意欲があっても、途中で消えてしまう…

読み始めたその先の文字から、内容も文も一瞬で消えたように読めなくなる。
「絵」のように「見る」ことは出来る。
もしくは見ることさえも許されない場合もある。
そこにある文字が見えなくなる。

耳から聞く会話も、途中でぱっと声が遠くなったかのように聞こえなくなってしまう。
頭が止まったかのように理解できなくなる。





これらも精神的なものからくるのか、ということを教えてもらえたらと思ったんやけど、専門家じゃなきゃそんなことわからないだろうね…(^-^;


読書は普通に出来るしわりと好きだ。

ただ、自分でもそれがこれまで普通だったんやけど、「流し読み、勝手読み」してる。

この表現は調べた時に見つけた言葉。


読んでるつもりで読んでない、なんとなく文字の並びの雰囲気で内容をさらっと理解した気になってそのまま先に進んでしまう。


実際は、読めてなかったんだ。
飛ばして眺めていただけたった。


長い文章は、自然と「見る」機能が働いてしまい、文字を「見」ながら内容をなんとなーくで把握しようとして、気になったところを見つけると、そこから少し戻ってゆっくりじっくり「読もう」とする。

何度も繰り返し読んでやっと理解する。

で、途中でまた気付かないうちに「見る」に切り替わってて(笑)

初めから「読み」の体勢で挑めた場合は、次の瞬間には読めなくなる。



「見」てるのは、眺めてるだけ、に近い。



耳から聞く会話、雰囲気でわかった気になってるけどほとんどが通り抜けてる(笑)


会話程度なら、ほぼ理解できてないけど聞き返したりじっくり説明してなんて頼めないのでそのまんま過ごしてる。

そんな私の事をすぐに読み取れるような鋭い人間は苦手。
適当な人間だ、と思われるから。

それは間違ってないしね。
会話のなかで理解できなくなる部分があるともうそこで止まってしまうから。
話はどんどん進むし。また理解できる所や、起承転結の結だけとらえて(^^;

逃さないようにメモをとれば、文字を書くのも苦手なのでメモに集中してしまって結局聞けない。




勉強が出来なかったのはこれが原因なんだとやっとわかった。
それなのに努力はする方なので、ゆとり教育のおかげで、内申で生きてこれたと言える(笑)



ノートは、わからなくなる所は後で調べて書き出していたりもするほど。
その努力が認められたり、勉強出来る子とすら思われていた。
言ってしまえば授業なんかノート書く時間だったなぁー

テスト勉強の途中で文章が消えてしまったときは回復するまで休んで。
数学は壊滅的だったけど。
10年通ったピアノも、弾けても体が覚えるだけでいつまでたっても楽譜が読めなかったのはこれのせい。
上京してもギターが上達しなかったのはこれのせい(やはり楽譜が読めず指で曲ごとに覚えてしまってた)




適当でも生きられたのは学生まで。

社会に出て働くとなると無責任な事はしていられない…

どの仕事をしようとも苦手部門はたちはだかる。


コンビニ、スーパー、派遣、飲食店。


出だしはよくても、慣れれば次の仕事を任されるようになる。

伝票とか、仕入れ、レジ打ちからの中間の計算や〆作業、すみだし。。


数字も私にして見たら見えない文字。
まずその紙が何を表しどこをどうみればいいのか、そこからわからなかったから。





これまでのながーい人生で、これは私にとって普通だった。
だから辛かったし、いきづらかった。





それを、「聞けばいいじゃない」と簡単に言われてしまった(汗)

けど、先生とは30分以上じっくり話をさせてもらった。
途中泣いてしまいながら。


泣いたのは、話してる途中に内容が消えてしまいわからなくなったから。


今自分が何を話したのかは覚えてて、何を伝えようとしていたのかっていう「目的」の部分がパッと消えてしまう、それが起こったから。



で、じっくり話しをして、よかったこともある。

先生に、話してるときに消えてしまうこともその場で伝えられた。

先生が話してくれてる時に途中から内容が消えてしまったときも、ごめんなさいもう一度ここから話してください、と言えた。


私がちゃんと、自分自身で飛んだとか消えたとか見えないとかが理解出来れば、伝えることもできるんだってわかった




旦那ちゃんだけじゃなく。
旦那ちゃんとの会話でもわかんないところふわっと流してるけど(笑)


あと、書類関係も時間をかけてゆっくり書けばいい、そう言われたからか、そうするように心がけている。



わからないところは聞く。
普通の人なら何でもない事で、時間をかけてしまうことに焦ったり早く書こうとしなくてもいいって、自分に言い聞かせて。

それでも書きながら頭のなかはフル回転してるけど、それは仕方ない。


努力は必要ないとか先生は言ってたけど、それはあまりにもこの世の中で生き残れないよ(笑)


ママとして、人と接することが増え、喋るのがうまく出来ないという弱点に遭遇する率がぐーんと上がったけど、そこも先生は「私はゆっくりペースだからごめんねと断っておいて、それでも付き合ってくれる人と付き合うしかない」だそうで(笑)


まぁ、正論。
これまでそうしてきていた。

ただ、改善方法があればと思ってたけどどうもその考え方事態否定された。

「個性だから」って言われた。

つまり、先生は結局、「バカを認めバカとして生きろ」という事を言ってるんだなと思った。


私は弱点を認めてる気でいたけどまだ認めきれていない部分があったこともなんとなくわかったから、伝えたことは良かったと思う。



先生は、理解ある旦那がいるから大丈夫、みたいなこといってて、私としては旦那が居ないときのことやこの先親としてやらなきゃいけないことが出てくるのを心配して相談したんだよ。


出来ないことを出来るようにするより、出来ないことを伝えておく方が確かに楽だね。
そこは半分同感。



先生がこうもいっていた。
「コミュニケーションは、むしろ言葉より相手の表情や態度」って。


前の先生よりは、やっぱりいろいろ言ってくれるなー


けど、ちょっと違う。
私は、自分の感じた事を目の前にしながら、それを言葉に変換して口から出しながら、すでに不安を感じてしまってる。
「私の感じた事は本当にこれなのか?私の伝えたい事は本当に今口から出てる内容なのか?」
と、わからなくなるから。


人に伝えようという想いがちょっと強いのかなーとはわかりました、それが不安に繋がるのかな、って泣いちゃった後に言われた。
それはそうなのかも。
言葉足らずだったり、選び方間違えて変なこと言っちゃったり、昔はそれで人を傷つけることも多かったし。
すごく慎重になったのはわかる。
言葉に責任を持とうと思うようになった。


けどよく感じるの。


今頑張ってたくさん話したけど、結局言いたかったことちょっと違ってたかも


と。


考えて感じた事は自分で重要度が高いほど、どんどん頭から消えていく…。


だから今もそれが起こってぐるぐるしちゃってる。
こうやってかたっぱしから書くしかないんだ。








先生が言った事を全て受け入れて、納得しようとしていたけど、それがなかなか出来ない部分があったのがわかったよ



「個性」とか、「努力する必要ない」という部分。


なんでか、納得出来ないみたい。



実は転院を考えて、発達の診断や検査もしてくれる、家からも近い病院は調べてあった。

今の先生のところは遠くて、パパが居ないときなかなか相談とかしに行けないし。



先生は専門医ではないし、私が話したことに関して検査も何もしなかった。


病気にすぐに結びつけるのはよくないってすごく自分でも実感してるから、それでもいいって思ってたんやけど…




今の不自由さを、もう少し理解してほしかった。
不安になる部分に焦点を向けるんじゃなくてさ。
個性だと諦めろというのもどうしても酷だって感じて。

グレーでいいから、認めて、そして少しでも楽になる方法とか考えて行きたい。

子供の為にも、今のままじゃ辛い。







子供のした行動を、語源化して誉めたりするのをずっと続けてる。

お片付けしてえらかったねーとか、それくらいならいいけど、時々子供のした行動をとっさに言葉に出来なくて、あたふた変な言葉を並べてしまう。


おまるに座ってるやっちゃんに向かって、おしっこしーってここでするんだよぉ~、あとぬんちもここでしーってしよーね~

なんて言ったことがある。
ぬんちはしーってするんじゃないよねぇ


って、一例えやけど、なんか変なこと言っちゃう(笑
毎日こういうことが何度も起こってる。
ただたんに、飛行機が飛んでるねって言いたいだけなのに飛行機ではなく違うこと言ったりもする。


聞けばいいとか、パパに頼めばいいとか、わかってくれる人とだけ付き合えばいいってだけじゃない場面、生活してれば山ほどある。


どれもこれもきっと小さいことやけど、気にしないって事も出来る事だけど、これ以上自分の身に起こってる感覚を「気にしない」ってしてたら、私は無意識空っぽ人間だよぉ

解離すら悪くなってしまう気がするよ。





脳が揺れたり周りが見えなくなって、目をつぶって休むことも日々ある。

さすがにこう言うのは個性とは言えない範囲になってくると思うし。



やっぱりもう少しさぐりたい。
聞けばいい時と、時間をかけてゆっくりする時、諦める時もあっていいから。


私が行ってみたいと思ってた病院は、例え私がグレーでも、私がどうしたいのかという部分を大切に進めていきたい、みたいな内容がかかれていた。


グレーの人間は、30人のクラスのうち1人か2人はいる割合ならしい。

文章は相変わらずほとんど読めてないけど、QAのところも長文でいちいち答えてあったから(笑)、そのうち行ってみようと思う。




結局自分は検査してもらってどうしたいのかわかんないんだけどね。
そこも検査したり脳波みたり診断下せる人が、解離性障害との交わり具合見てくれたらもうちょっと違った事見つかるんじゃないかなぁって思った。





今回診察で話したいことをそれなりに話せて、わからなかったことをごまかさずに言えたのは初めてかもしれない。

だからもっと進んでみたいのかな。



新しいその病院の先生も結局今の先生と同じ感じなら、諦めもつく?
スポンサーサイト
[ 2016/07/06 03:10 ]

| 精神障害と心の声 | コメント(0) |
<<幼稚園選びで気にするところ | ホーム | お食い初め>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |