いろいろなことが始まりかけている
1日旦那と会えなかっただけで、心がダークに染まってしまい苦しかった。

そんな私の気も知らずいつものように帰宅した旦那にいらっとしたけど、結局話してると心はまたいつもの色に戻っていく。


けど、毎回そうやって振り回されるのはとても辛い。
どうすればいいのか。

嫌いになったり好きになったりしてる気がする。











いろいろなことが始まりかけている。



今週は幼稚園の体験教室(プレ前体験)がある。

やっちゃんは相変わらずみんなと同じ感覚では遊べないので私はちょっと不安だ。
ぐずるやっちゃんをずっとダッコしてあやしてるのが目に浮かぶ…。

うまく雰囲気に馴染めれば大丈夫なんやけどね。






行く予定だった他の幼稚園の見学はやめることにした。


家から私でも通える距離の幼稚園にしぼる。

なので、あと見学したい幼稚園は二つだけかな。


結局、どんなに通いたい幼稚園が見つかったとして、プレも含めた年子育児の私が、車も無く徒歩で通える距離は、時間的に考えても厳しい。



私は周りのママとは違うから、幼稚園とかのことについても、自分たちの道を進むしかない。







来週、やっと、やっと、新しい心療クリニックの診察がある。


私がその病院を受ける目的としてるのは、学習障害の検査や診断など。


なんと、例えば携帯だと、文字の色やバックの色を付けたり変えたりすることで文字が読みやすくなるとか、そういった事が療育ではされているらしい。

つまり、私は気づかなかったけど、この条件なら読んだり話したり計算したり書いたり…そういうことが出来るようになるかもしれないって事がわかった。


そういうことも、もっと自分の事を知りたい。

もっと生きやすくなりたい。


運動は好きでも体の動かし方がうまくできなくて不器用・運動音痴な事とか、どれもこれも発達障害なようで、俄然やる気が出てくる。



眼がチカチカしてしまう事もあってサングラスをかけているけど、視覚過敏といって発達障害の人にあるものならしいと知って、これもようやくわかった事。

もっと知りたい。




やっちゃんも、私の遺伝がいってるのだと思う。


学習障害は得意不得意が個々違うし、やっちゃんが遺伝してたとして、早期発見、早期治療(療育)が鍵になってくる。


学習障害のような見えない発達障害は、周りにはもちろん、自分でも気づきづらい。

頑張ってるのに出来ない、出来るようになりたいのに出来ない、そんな気持ちはすごくデリケートで、傷付きやすいものなんだそうだ。

知らずに周りの人が軽く言った言葉に傷ついて、学習意欲を失ったら…私のようになってしまう。
周りは言葉かけも気を付けるべきなのだとか。




脳の動きを良くする成分の含まれた食材、ナッツ類。
脳の80%が三歳までに完成されるという今のうちから、料理に取り入れてみようかなーって思った。

違うかもしれない、遺伝してないかもしれないって方は考えないことにした。
違ったら万事オッケーですむけど、何も気にせず何も考えずにいたら、もしそうだった時に、持った得ないもの(笑)

男の子って、私みたいに結婚して家庭にっとはいかないからね。
人並みに働いて、たとえ肉体労働だったもしても支障のない程度までにしてあげないとね。

肉体労働でも悔しい思いをしたのは私(σ*´∀`)



皆のしてる遊びに参加したりやりたがらない気持ちが私にはよくわかる。
性格なのか、発達問題からなのかはわからないけど、私と同じかもしれない。


やってること、やらなきゃいけないこと、それが楽しいという気持ちの繋がりが見えなくて、全く魅力的に見えないんだ。



むしろ苦痛になる。
皆が楽しそうにしていて、自分だけそれが理解できないでいるのはとても寂しい事。



出来るなら、うまくサポートしてそういった「理解できない」事を緩和させてあげたい。
私が緩和されたのは、二十歳過ぎてくらい。


それでも、今だって会話のなかで、「よめちゃんは運動苦手なんだもんね」「よめちゃんスポーツとか見ないんだったよね!」と、会話や行動に入れないと言われる言葉に実は寂しさを感じている。


運動したい、みんなみたいに楽しんでやりたい、笑いながら共有したい、
オリンピックだってワールドカップだってなんでも、興味はあったよ。
教わっても理解できなかっただけ、理解できないから楽しさがわからないだけ、頭が疲れちゃうから見ないだけ。



20年間ずっと孤独だったのが、今さら完全にぬぐえることも無く。
だから、理解者である旦那が居るか居ないかすぐに心も揺れるのかな。





そして。


今はプロとして働いてるドラマーにバンドに誘われている。
昔やってたバンドのドラマー。



私が平日なら動けるけど土日は難しいと言ったら、平日休みにしてと会社に取り合ってくれたらしい。



他のメンバーは、遠くて集まるのも難しいのと、平日休みがダメかもしれず、その場合は新たにメンバーを探すということになった。


どうしてそこまで私をかってくれるのか。




もうはるか昔、ハタチそこそこの頃。
ライブで歌ったバラードで、涙を流していたお客さんが居たから。
それが理由なんだって。


確かにライブで泣いてくれる人は時々いたけど、私はそこまで気にしていなかった。



けど、ドラム君は、私には伝える力があるって思ってくれたのだとか。


曲や歌詞がいいのでは?といったけど、曲は関係ないんだって。

確かに、その曲の歌詞は私にとっても、物語や世界観をしっかりイメージしてよく書けたものだったから、気持ちを入れるのもやりやすかった。
曲や歌詞は、私がイメージして気持ちを入れられるかどうかには深く関わる。

今の自分に、また歌詞がかけるかどうか不安だけど…



まぁ、20代初めの頃に感じてくれたものが、30代目前の私に出せるかわかんないけど、たいしてうまくもない私にも「よめちゃんともう一度バンドやりたい」そう言ってくれる人が居るって、すごいことだと思ったから、
相手の性格もあるから(笑)どこまでしっかりやれるかわかんないけど、とりあえずもう一度、やるよ!




今自分の欠点なんかを知ることが出来て、改めて前向きに取り組みたいと思えるようになった。

悲観的になって諦めたりすねてただけの昔とは違い、今は立ち向かえるかもしれないって。


問題なのは精神障害の方(^o^;)

こればっかりは、どうやり過ごせばいいか…。
けど、前に進みたい。






旦那の転職話はどう進むのかまだわからないけど、私も私なりに頑張らないと☆


私は死んでいた時間が長く、やりたい事をやっていた時間もものすごく短い。



自分が、やりたいことをやろうと動けるようになった時から、精神障害で引きこもりになるまでの四年間。
たぶん人生で、自分の足で立って、心に正直に生きていたのはこの四年間だけだ。



やっちゃん妊娠くらいからまた動き出せてるけど、これももちろん自分の足で立って選択した家族計画だけども、自分自身の為の時間はものすごく短かった。



やりたいことをやるって、自分の力じゃうまく出来ないし、何事も理解できない私にはもともととても大変難しい事だったから。








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[ 2016/09/12 23:58 ]

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